教育格差解消に向けて、乳幼児期からできること

「HatchEduだからこそ、当事者理解を深めながら爆速でプロジェクトを立ち上げることができました」吉川 洋佳さん(HatchEdu – 2020参加者)

HatchEduは、「教育領域で新たな事業・プロジェクトを立ち上げたい」「自分のスキルを生かして教育を支援したい」人が集まるコミュニティとして、2020年からスタートしました。1期プログラムの参加者はHatchEduから何を得たのでしょうか?

今回は、教育領域での起業の種を支援するコース(Aコース)に参加した、吉川洋佳さんにお話を伺いました。

プロフィール
名前:吉川 洋佳
職業・所属:東京慈恵会医科大学 6年生
先生をするなら: 国語の先生に憧れます!
学校をつくるなら: (学校というよりも)様々な領域の研究者・専門家が一緒に協力し、日々子育てに奮闘する保護者の方や地域の方を直接支援できるような場をつくりたい
好きな本:English Prepositions Explained
子供の頃の夢:医師

Contents

医学生が教育課題に出会うまで

吉川洋佳さんは、小児科医をめざす医学部の6年生です。福島県で育ち、両親ともに医療従事者という環境で育つ中で、自然と医師をめざすようになったとのこと。その一方で、言語の神経基盤や子どもの言語獲得の研究に関心をもち、さらに、課外活動として参加していた学生団体「瀧本ゼミ」で政策立案についても学ぶ中で、「ワードギャップ」といわれる、生育環境に起因する子どもの言語運用力の差という社会課題に出会いました。

吉川さん:「ワードギャップ」とは、子どもが0歳から3歳の間に家庭で話しかけられる言葉の量や語彙のレベル、会話の質などが、言語発達ならびに就学後の学業成績や抽象的思考力、非認知能力にまで影響を及ぼすという課題です。要支援家庭では、会話の質量とも不足する傾向があるため、結果的に「ワードギャップ」が貧困の連鎖につながると言われています。社会経済的格差が目に見えやすい米国では、公衆衛生の課題としても広範に研究されているテーマです。
「教育格差」というと就学後の学力差に注目が集まりがちですが、こういった研究を知ることで、就学前の言語能力形成期、さらには生まれる前や生後早期からはたらきかけを始める必要があるのではないかという課題意識を持ち始めました。

ちょうどこの問題と出会った頃、吉川さんが医師としてどう生きたいかというビジョンを考えるきっかけとなる別の出来事がありました。

吉川さん:実習中、虐待された子どもと出会う機会がありました。その子の透き通った、そして強く輝く目を見て、「子どもたちが、生まれ育った環境にかかわらず、自分の可能性を信じて成長できるよう貢献したい」と心から思うようになりました。そして、将来は、「ワードギャップ」に代表される、子どもを取り巻く社会経済的格差の課題に小児科医としての立場からアプローチできないかと考え始めました。


自分のめざしたい方向性がみえてきた吉川さんは、さっそく米国の小児科領域の研究者が書いた「ワードギャップ」に関する論文を大量に読み、課題に関する理解を深めていきます。同時に、日本でこの問題に取り組もうとしたとき、日本の医療の世界ではこの課題に共感や関心を示してくれる人が意外に少ないことに気づき始めました。

そのタイミングでHatchEduの第一期生募集の案内をフェイスブックで見かけ、「医療や公衆衛生の課題としてではなく、教育の課題としてこの問題に取り組んでみるのもよいかもしれない」と思った吉川さんは、HatchEduのAコース(教育分野での起業をめざすコース)に応募しました。

吉川さん:医学部の最終学年であるこの時期に応募することについては大いに迷いがあり、実は締切の5分前まで悩みました。しかし、選考面接で、元教員の面接担当者が学校現場で出会った子どもたちの話などを聞き、「教育の課題として取り組むことで具体的な解決策を考えていけるかもしれない」と手応えを感じて、HatchEduへの参加を決意しました。

ユーザーが本当に必要としているものをつくる

しかし、HatchEduに参加してしばらくは、試行錯誤を繰り返すことになりました。実は、吉川さんは、HatchEduに参加する以前、当事者である要支援家庭の子どもや保護者とはほぼ接点がなく、当事者の生活実態などについて具体的なイメージがなかったため、当初はどうしても研究者目線になっていたそうです。

吉川さん:「貧困」という問題を本や論文の中からだけ理解していて、実際に要支援家庭のお母さんと会って話したことがありませんでした。なので、要支援家庭のお母さんたちに、ハーバード大学の先生が書いた論文を見せ、「家庭でお子さんに話しかける時間を増やせば、お子さんの語彙力が増え、思考力も上がりますよ」とエビデンスとともに伝えさえすれば、自然とお母さんたちが子どもにもっと話しかけるようになり、問題が解決するだろう…という安易な考えをもっていました。

そんなとき、HatchEduの担当メンター(参加者のプロジェクトに対してアドバイスや助言を提供する支援者)から、当事者の目線に立って課題を捉え直すことを提案されました。メンターから「デザイン思考」のアプローチや、共感を基盤としたインタビューの仕方なども丁寧に教えてもらい、実際に当事者となる要支援家庭のお母さんたちや教員の方なども何人か紹介してもらって、インタビューをさせてもらいました。そこで初めて、問題を抱えるお母さんたちが何に困っているのか、本当に求めているものは何かということが見えてきました。
当初は、「3ヶ月のHatchEduの期間中にデータを取ってエビデンスをつくることができれば十分」と思っていましたが、お母さんたちの話を聞いているうちに、「お母さんたちが困っているという実態をどう解決していくか」という方向に自分の意識も変化しました。そして、吉川さんは、見えてきた課題をもとに、当事者のお母さんたちが子どもにより効果的に話しかけることを支援するプログラムのプロトタイプ(試作)を急速に組み立て、実施しました。

 お母さんから、お子さんとの様子の動画をとってもらってLINEで送ってもらい、それに対してアドバイスをするといった形でプロトタイプを実施しました。実際にプログラムをお母さんたちに体験してもらい、お母さんやお子さんの表情がみるみる良くなっていく姿や、お母さんたちがストレスなく子どもに向き合えたり、子どもが夜泣きをしなくなったりと、自分の予想をはるかに超えてお母さんたちのおかれている状況が良くなっていくことを目の当たりにし、とても感動しました。

私が解決したい課題は「ワードギャップ」でしたが、お母さんたちの視点からみるとその課題は「ストレスなく子どもと向き合えること、子どもへの愛情を行動で伝えることのできる環境づくり」ということなのだなと。そして、お母さんたち自身への支援が大切だということが理解できたことは大きな収穫でした。

人生のビジョンを変えてくれた3ヶ月

この過程の中で、HatchEduのメンターからの支援は吉川さんにとって大きな支えになりました。

吉川さん:メンターが時間を割くことを厭わずに、最終的に私が自分の力で気づきをもてるよう、辛抱強く支援してくれたので、学びになることがとても多かったです。メンタリングを受ける側の目線で、今どういう風に手を差し伸べれば良いのかということについて熟慮してくれ、今後自分自身が後輩などのメンタリングをするときにこうすればいいんだ、というヒントを得ることもできました。

また、メンターのアドバイスや伴走に加えて、HatchEduのコミュニティで得られた研修機会や仲間とのつながりも吉川さんにとって大きな意味がありました。

吉川さん:HatchEduの研修で、プロトタイプ・MVP(Minimal Viable Product)の立ち上げ方や検証すべきポイントなどを学べたことが非常に役に立ち、何度も録画を見返しました。キャリアセッションなど、自分の深いところまで立ち入って自分を見つめ直すような研修もありました。

また、同じAコースに参加する仲間の存在も大きかったです。プロジェクトを先の段階まで進めている人が、ご自身のプロトタイピングの経験をとても詳しく教えてくれたり、「トラブルは当たり前で、とにかくやってみることが大切!」とリアルな経験談を共有しながら励ましてくれたり。考えすぎないで行動に移す、まずはプロトタイプを行ってみるという「度胸」をいただきました。


HatchEduでのプロジェクト立ち上げ経験は、吉川さんの「小児科医としてどう生きるか」というキャリアビジョンにも大きな影響を与えました。

吉川さん:HatchEduに参加する前は国家試験取得後の進路に迷いがありましたが、HatchEduでの経験を通じて、貧困率が高い沖縄で医師としてのスタートを切ることに決めました。:HatchEduに参加する前は国家試験取得後の進路に迷いがありましたが、HatchEduでの経験を通じて、貧困率が高い沖縄で医師としてのスタートを切ることに決めました。ためにも、自分の生活の場を沖縄におきつつ、子どもの発達に関する専門性を高めていきたいと思います。もっと当事者の置かれている社会的背景を知り、助けを求めている人の生の声を聞き、いつでも会いに行けるようにするためにも、自分の生活の場を沖縄におきつつ、子どもの発達に関する専門性を高めていきたいと思います。

医師を目指す自分にとって、教育セクターは自分にとっては遠い存在でしたが、よく考えたら小児科医は学校の先生方や保育、幼児教育に携わる方とは深く関わっていくべきですよね。HatchEduで教員の方たちと問題意識が通じていることも知ることができ、ひとつの社会課題について、いろいろな立場の人と協働していくためにどうすればよいのかについても学べたと思います。

医師国家試験を控える時期にHatchEduに参加し、両立できるか不安はあったものの、3ヶ月で驚くほどプロジェクトを前に進めることができ、達成感が得られたという吉川さん。「やってみたいことがあれば、先延ばしにせずぜひ参加してみてほしい」と言います。

吉川さん:HatchEduを通じて、ものすごくたくさんのことを学び・吸収し、アイデアだけがあっていつ取り組むようになるかもわからなかった状態から、3ヶ月でこんなに実体をもった、実現していきたいと強く思うようなプロジェクトに変身し、かつ自分自身も大きく成長することができました。おそろしく充実し、素晴らしい出会いに恵まれた3ヶ月で、人生を変えてくれました。

そして、今取り組まなかったら、きっと5、10年後に先延ばししていたかもしれないプロジェクトが、3ヶ月であっという間に、爆速で進みました。一人でやっていてもなかなかできないことも、伴走してくれるメンターや、手を差し伸べてくれる人がいるこのコミュニティにいられたということが私にとってはとても大きかったです。

HatchEduへの応募を考えている方も、もし自分が心からやってみたいと思っていることがあるのであれば、ぜひ参加して欲しいと強く思います。

メンターからのメッセージ:
当初、吉川さんは、強い課題意識をもちつつも、「他の参加者の皆さんみたいに、教育や、事業、起業というものにも関わったことがないですし、この先も医師になる予定なので、一体私はどうこの課題に取り組めるのだろう…。」とおっしゃっていましたね。教育x起業というフィールドにおいては、新しいことや馴染みのないことの連続で、不安や戸惑い、迷いも抱えてらっしゃたと思いますが、吉川さんの最大の強みは、「目的のためならば自分をいくらでも変えていける力」だと感じました。また、エゴのない、純粋な、「子ども達の力になりたい」という動機も、周囲を惹きつけるビジョンの源になったのだと思います。応援されるリーダーとなる資質を存分に磨いて、自分らしい社会課題への関わり方を見つけ出すというドラマチックな現場に立ち会うことができ、毎回こちらが刺激を受けるような3ヶ月でした。この先の吉川さんのチャレンジも心から応援しております!
(メンター:Chelsey Maki Lin)

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