HatchEduの「教育アクセラレーター」プログラムでは、教育団体を対象に成長加速支援を無償でご提供しています。
2022年の「教育アクセラレーター」参加団体である、NPO法人サイレントボイス(大阪市)の尾中友哉さん(代表理事)、岡松有香さん(「デフアカデミー」事業責任者)、井戸上勝一さん(事務局長兼「サークルオー」事業責任者)に、HatchEduとの協働体験について振り返っていただきました。
—まずは、サイレントボイスと皆さんご自身について教えてください。
尾中:NPO法人サイレントボイスは、ろう・難聴児に向けの教育プログラムを提供する団体です。ろう・難聴児がコミュニケーションの壁を超えて夢を叶えていくための支援を行う放課後等デイサービス「デフアカデミー」や、オンライン対話学習コミュニティ「サークルオー」を運営しています。
僕は耳が聞こえない両親に育てられたコーダ(※聞こえない親を持つ聞こえる子ども)です。喫茶店を開業して自分らしく働く母と、障害者雇用の枠組みで制約を受けながら働く父とでは、同じろう者でありながら、人生の満足度や障害の捉え方が全く違っていて。環境によって人生の満足度はこんなにも変わるんだというのを目の当たりにし、「聞こえない人が社会で活躍できる機会を増やしたい」という思いから、最初は株式会社サイレントボイスを2016年に設立しました。
聴覚障害者を多数雇用する企業などを対象にコンサルティング事業を行うなかで、聞こえない人たちから「子どもの頃は授業内容や先生の話がわからず孤立していた」「その頃に教育支援を受けられていたらよかったのに」といった声をたくさん聞いたんです。そこで、就業現場での支援だけでなく、ろう・難聴児の教育問題・孤立問題に取り組む必要があると考え、2017年にNPO法人サイレントボイスを設立し、大阪でデフアカデミーを開校しました。また対面での学習支援機会が少ない地方などの子どもたちのためにオンライン対話学習コミュニティのサークルオーを2019年に立ち上げました。
現在、デフアカデミーの登録ユーザーは約150名、サークルオーは約100名です。つながっている子どもの数でみると、全国のろう・難聴児を対象とした事業や学校の中でも最大規模だと思います。
サイレントボイスのスタッフは、デフ(ろう者・難聴者)と聴者が50:50の人数比です。僕の家族の中にあった「聞こえる人と聞こえない人が共にいて、一方的にどちらかが助ける/助けられるのではなく、お互いに助け合う」という関係性は、サイレントボイスの基盤となっています。
井戸上:僕もろう者の母と盲ろう者の父のもとで育ったコーダです。新卒で株式会社LITALICOに就職し、全国の放課後等デイサービスを営業で回っていました。その中には聞こえない子が通っている教室もありましたが、友達や先生とコミュニケーションを取れず、教室の隅にただ座っているだけの子どもの存在を見てきました。「教室は増える一方、聞こえない子どもに必要な環境がなぜ増えないんだろう」とモヤモヤしていたときに偶然サイレントボイスに出会い、衝動的に「ここに入りたい」と思いました。
その気持ちが固まったのは、ボランティアスタッフとしてデフアカデミーのキャンプに参加したときです。夜に実施したキャンプファイヤーの最後に、尾中さんが子どもたちに「みんなは聞こえないことについてどう思ってる?」と投げかけたところ、「聞こえたほうがよかった」という回答と「いまのままでいい」という回答が半々だったんです。家族や周囲の大人たちからどんな言葉をかけられてきたか、どんな関わり方をされてきたかによって、「聞こえないこと」に対する捉え方も大きく変わるということを子ども達から教えてもらいました。子どもたちが自分を肯定して前に進んでいけるような環境づくりをサイレントボイスならできると考え、転職を決意しました。
岡松:私は聴者の親から生まれた聴者です。初めて聞こえない人とちゃんと向き合ったのは、高校のスタディツアーでタイのろう学校を訪問したとき。子どもたちも一所懸命手話で話しかけてくれて、相手の言いたいことを真剣に受け取ろうとした初めての体験でした。
大学は福祉学部に進みましたが、山奥の障害者支援施設で実習をしたとき、「子どもの頃に専門的な支援や療育を受けられていたら、ここの入居者もこんな山奥で分離されるのではなく、社会で生活できていたかもしれない」という話を聞いて、私はそういう仕事がしたいと思ったんです。言葉や聞こえなどのコミュニケーションに障害のある方々をサポートするため言語聴覚士になろうと決め、そのタイミングで手話も学び始めました。
卒業後は5年間、言語聴覚士として病院で働きました。ろう者と接することもあり、「もっとろう者と関わる仕事、手話をメインで使える仕事に就きたい」という思いが強くなっていたときに、デフアカデミーを立ち上げるという話を聞いて転職をしました。サイレントボイスでは、「聞こえない当事者でもなく、身内に当事者がいるわけでもない」立場の視点を持っていることが自分の強みだと思っています。
—HatchEduとの約1年の協働期間を振り返っていかがですか?
尾中:HatchEduとの出会いは、2021年にプロボノの方を紹介してもらい、2名の方に3ヶ月活躍していただいたことがきっかけでした。そのうちのひとりである御林さんは、今もサイレントボイスに関わってくれています。
★御林さんのインタビューはこちら
そして、2022年の2月頃にHatchEduから「協働パートナー団体になりませんか」と声をかけてもらったのですが、それがちょうど、団体設立当初から僕が描いていたことが6年かけてある程度形になってきたけど次に何をめざすのかが見えていなかった…という時期でした。僕自身も自分の意志決定に自信が持てなかったし、スタッフも不安を感じていたと思います。
岡松:立ち上げからずっと“想い”だけでやってきたけど、「それだけではもう先には進めない」というタイミングでHatchEduのみなさんに出会えたと思っています。
尾中:そのような思いをHatchEduの皆さんに伝えたところ、「インパクトストーリーをつくることを協働の軸にするのはどうか」という提案をいただきました。そして、インパクトストーリーをつくるために一緒にいろいろなデータをみたり、保護者の方にインタビューをしたり、海外事例をみたり、ろう学校・難聴学級を訪問したりしました。また、インパクトストーリーの骨子ができてからは、それを基に事業計画の策定や助成金の申請にもつなげていきました。
尾中:そうしたなかで、HatchEduのみなさんはまずリサーチの重要性とその手法を教えてくれました。
それまで、サイレントボイス内にはリサーチや分析ができる人材がいなかったのですが、みなさんの手を借りてデータが集積されていき、やるべきことが整理され、全体像を描くことができました。解決したい社会課題をデータで把握したことで、自分たちの活動の意義や方向性が明確になったんです。
岡松:あと、HatchEduのみなさんの発案で海外の事例も一緒にみましたが、それまで海外に目を向けることなど考えたこともありませんでした。自分たちだけだったら、そこに着手できるのはまだまだ先になっていたんじゃないかなと思います。
私たちの事業は、一般の人にはなかなか理解してもらいづらいですし、自分たちだけだとどうしても「わかってくれる人」に対して目が向きがちです。視界が狭くなっていたところに、もっと違う視点や広い世界があることを気づかせてもらえて、これまでは出会えなかった人たちと出会うことができました。
尾中:その通りで、よく「近くの異業種、遠くの同業者から学べ」と言いますが、国内には「遠くの同業者」がいなかったんですよね。でも、その範囲を海外にまで広げてみたら、カナダに全く同じ「サイレントボイス」という名前で、同じような活動をしている団体があって。オンライン会議をさせてもらったら、ろう者がめちゃくちゃイキイキと活躍しながらインパクトを出しているすごい団体で。「世界を探したら同業者がいた!」という発見がありました。
岡松:日本では、ろう・難聴児への発達支援などが不十分な結果、大人になってから苦労する現状があり、「人生の早い段階での教育に投資をする方が当事者にとっても社会にとってもよい結果を生むのではないか」とかねてから思っていました。カナダでも同じような課題はあるものの、当事者のリーダーシップで、乳幼児期からの手話学習や言語発達に力を入れる方向にすでに舵がとられていることを知り、感銘を受けました。
井戸上:そして「近くの異業種」として、HatchEduがつながっている団体をいろいろ紹介してもらい、現場訪問もさせていただいたことで、事業の具体的な選択肢が広がりました。その事例を共有いただいたり訪問したりするなかで、自分たちだけでは考えられなかった事業展開の可能性を明確に描くことができました。
尾中:そういったリサーチや外部団体へのヒアリングなどをもとに対話を重ねながら、インパクトストーリーの骨子になる「共存」と「自己決定」というキーワードが自然とチームの中から出てきました。
「共存」は、聞こえない両親のもとで育った僕の原点でもあります。僕の家族の中では、聞こえる人と聞こえない人が自然な形で協力しあい「共存」していましたが、一歩家を出るとそのような場はほとんどありません。世の中の大半は「聞こえる人に特化した環境」で、人工内耳など医療技術の発展とともに地域の環境に飛び込むろう・難聴児も増えていますが、潜在能力を十分に伸ばせず、「聞こえる人」の基準や価値観にあわせて我慢や無理を重ねている子どもも多いという現状があります。
一方で、ろう学校など「聞こえない人のニーズに特化した教育環境」も存在しますが、聞こえる人とは分離された状態であり、学校を卒業したら障害者雇用などを通じて急に聞こえる人たちの中に放り込まれ、痛みを伴う苦労をするケースもたくさん見てきました。
今回、インパクトストーリーの策定を通じてそのような現実を改めて整理することができ、教育段階から「聞こえる人と聞こえない人が共存できる環境」が実現さることが大事だという確信をもつようになりました。
岡松:「共存」の事例として、ろう・難聴児と聴児が共に学ぶための新しい教育モデルがあることを今回知りました。サイレントボイスのデフのスタッフたちにも共有して、「こういう学校があったらどう?」と聞いてみると、すごく反応が良くて。デフのメンバーたちが、「自分たちは得られなかった理想的な教育環境を次世代の子どもたちには用意してあげたい」という想いから、真剣に意見を交わしてくれたことがありがたかったです。今後の方向性に自信を持つこともできましたし、必ず実現させたいと感じています。
もうひとつのキーワード「自己決定」は、これまでもデフアカデミーの実践で大事にしてきた考え方でもあります。「聞こえる子」にとっては当たり前のことである「自分で決める」という機会を、ろう・難聴児は奪われていることが多いのです。これまでも、ろう学校の高校生の進路の自己選択を支援したり、小学生の子の内発的な好奇心を活かした支援を行ったりしてきましたが、そのような事例が偶発的にではなく、もっとたくさん出てくるようなカリキュラムをつくりたいと考えています。
井戸上:インパクトストーリーを事業計画や助成金申請に表現していく過程でも学びが大きかったですね。僕らの頭の中にある、「まだ言語化できていないけど大事にしていること」「やりたいけど解像度が低いままのこと」を対話を通して噛み砕き、言語化するサポートをしていただきました。同じ言葉を使っていても、伝える相手によって受け取り方は変わりますよね。HatchEduのみなさんがその壁打ち相手になってくれたから、申請書にうまく表現することができて、望んでいた助成金(注:みてね基金第三期ステップアップ助成)にも無事採択されました。
個人的には、理想と現実をつなぎ合わせるための道筋の設計やプロジェクト・マネジメントのスキルが足りていなかったので、HatchEduのみなさんと対話するなかで、体験を通して学ぶことができたのもよかったです。学んだことを活かして、スタッフがやりたいことを熱量高く実現していける組織風土づくりを進めていきたいと思っています。
—HatchEduとの協働期間を終えて、今後はどういったことに取り組みたいと考えていますか?
尾中:先にもお話した、「聞こえる人と聞こえない人の共存環境」の実現が急がれると考えています。
というのも、障害者雇用の現実として、聞こえない人の52%が生産職と事務職、つまりオペレーションワークに就いているんですが、高度なAIなどテクノロジーの発展によってそういった現状の「障害者雇用向けに用意された仕事」は今後なくなる可能性が非常に高い。
そして、同時にチャンスも到来していると捉えています。新しいテクノロジーを導入することで、聞こえる人と聞こえない人が当たり前のように同じ教室で学べるような、あるいは同じオフィスで働けるような環境づくりがもっとできるようになるかもしれない。それに対してサイレントボイスが何ができるのか、もっと具体的に定義して進めていけたらと考えています。
井戸上:HatchEduのみなさんと一緒に外の世界も見ながらビジョンを広げていけたことで、「子どもがいろんな人と出会い、自ら考え、何かに挑戦する場をもっといろいろな形で生み出せるんじゃないか」という気持ちが生まれました。たとえば、サークルオーの子どもたちがシェアハウスに集まって短期間一緒に生活し、企画を考えて形にしていくプログラムもできるよねという話も出ています。デフアカデミーでも、「放課後等デイサービスの制度に則ってできることを考えなければ」という思考ロックを外してもらえた感じがありますね。これまでに出てきたアイディアをいくつか実際に現場で形にしていきたいです。
岡松:HatchEduのみなさんが私たちに見せてくれた世界の広さを、今度は私たちがろう・難聴児たちやそのお父さんお母さんたちに伝えていきたい。この領域にいると、どうしても「障害」「福祉」といった領域にロックインされて思考が狭まっていきがちだと思うんです。だけど、もっと広い世界を見ると、「本当にこれでいいんだっけ」と自分の中の当たり前を疑い、思考を広げていくことができるんですよね。
私たちも、海外の団体にコンタクトを取るなんて思いつかなかったし、ハードルも高い気がしていたけど、「やってみればいいじゃん」と後押ししてくれる人たちと出会ったことで、「なんだ、行動すればいいだけなんだ」と気づきました。そんなふうにいろんな方法や選択肢があることを伝えたり、自分たちが行動する姿を見せるたりすることで、何よりも当事者や親御さんの勇気につながるんじゃないかな。その連鎖が続いていけば、社会は絶対に変わっていくはずです。サイレントボイスはそういう前向きな変化を生み出せる存在になりたいなと思ってます。
個人的には、課題の当事者でもなく、家族に当事者がいるわけでもない私は、今までサイレントボイスで働くなかで、自分の付加価値を見いだせていませんでした。でも、外部の人たちや団体と交流する中で、「手話に興味を持って学んできた言語聴覚士」であることに価値を感じてくれる人もたくさんいることがわかり、自信を持てました。だから、自分の強みをもっと活かしていきたいです。
—今回のご経験を踏まえて、HatchEduの「教育アクセラレーター・プログラム」に参加を検討している団体の方に向けたメッセージをお願いします。
尾中:資金調達や広報など特定の分野に特化した支援をしている団体はたくさんあると思いますが、HatchEduはあらゆる面から根幹的な支援をしてくださいました。あまりにも手厚いサポートなので「なんでここまでしてくれるのだろう」と一抹の不安が一瞬よぎりましたが(笑)、HatchEduの運営母体であるISAKが「今まで自分たちが受けた支援を次世代の教育アントレプレナーに還元したい」という思いで立ち上げた社会貢献事業であることや、社会的公正に真剣に向き合われている篤志家の方からの寄付で運営されていることなどを知った時、純粋に深い感謝の念を覚えました。
岡松:HatchEduの皆さんは私たちにとって「一番内側に近い外部の仲間」という感じです。自分たちだけでいくら考えても突破できない壁に直面していた時、組織としては外部だけど、仲間のような立ち位置で関わってくれ、新しい視点を得て壁を突破することができました。壁はどの団体も経験することだと思いますが、新しい視点を必要としている団体には、間違いなくいい経験になると思います。
井戸上:HatchEduのみなさんが、ろう・難聴児の教育課題について僕ら以上に深く理解しようとする姿勢、徹底的に情報を集めて行動を起こす姿勢に、「ここまで一緒にやってくれるんだ」と感銘を受けました。“目的を達成するためにディスカッションする”のではなく、“対話をしながら今ないものを一緒に作っていく”ような関わり方をしてくれました。事業計画を立てるときも、「それが本当にめざしている社会の変化につながるのか」という本質的な問いを投げかけ、真剣に向き合ってくれる。そういった団体ってほかにないんじゃないかと思います。
何かモヤモヤとした課題感を感じている教育団体には、「ありのままを認めてくれて、組織や事業をより良く変えるための伴走をしてくれるよ。サポートしてもらわない手はないよ」とお伝えしたいです。
【HatchEduの教育アクセラレーター・プログラムについて】
構成・編集:飛田 恵美子
Search
Category
Archives
Tag