国家公務員2年目のブレイクスルーを作った教育現場でのプロボノ体験

「子どもの自己肯定感という目に見えないものを指標に落とし込んで可視化し、その重要性を広めていきたいと強く思うようになりました。」
ー曾和 小百合さん(国家公務員)

今回は、国家公務員として働きながら、「NPO法人 Learning for All(LFA)」の活動にプロボノとして参加した曾和小百合(そわ・さゆり)さんにお話を伺いました。

プロフィール
職業・所属:中央省庁
仕事のスタイル:おもしろいと思ったことをすぐ提案してみる
休日の過ごし方:映画かお笑いライブを観に行く
学校をつくるなら:自分で課題を発見して解決していくプロセスを体験できる学校
最近おもしろかった本:法のデザイン—創造性とイノベーションは法によって加速する

曾和さんのご友人が描かれた似顔絵

どこに生まれても教育の機会が保障されている社会にしたい

曾和さんは社会人2年目の若手公務員。プロボノ先として選んだのは、貧困家庭の子どもの居場所づくりや学習支援を行う「NPO法人 Learning for All(LFA)」の政策提言チームです。実は、曾和さんは大学生のときもLFAでボランティアをされていたそうです。今回HatchEduのプログラムに参加してくださった背景には、どんな思いがあったのでしょうか。

—まず、曾和さんが教育に関心を持ちはじめたきっかけを教えてください。

子どもの頃に経験したことが大きなきっかけとなっています。地元の公立小学校は荒れていて授業が全然進まなくて。私は好奇心が強く自分から勉強するタイプだったので、親や先生の勧めもあって中学からは少し離れた私立の中高一貫校に進みました。そこで、周囲の意識や環境の差に愕然としたんです。

小学校のときの友だちはひとり親世帯の子も多く、勉強をしたくてもその環境がない子もいました。一方、中高の友だちは余裕のある暮らしを送っていて、「勉強できない子は努力をしていない」と発言している人もいました。そこに違和感を覚えたことから、教育格差の問題に関心を持ちはじめたのです。どんな家庭、どんな地域に生まれても、勉強したいときに勉強できる環境や教育の機会が保障されている社会にしたいな、と。それで、大学に入ってからLFAでボランティアを始めました。

—どういった内容のボランティアですか?

LFAの学習支援拠点で小学生に勉強を教えるボランティアです。1人で3人の生徒を3か月間受け持つプログラムなのですが、最初は宿題をやってこなかった子も、粘り強く褒めるうちに自分から進んで勉強するようになってテストの点数が20点伸び、「丁寧に声かけすることで子どもは伸びるんだな」と実感しました。

LFAが行っている学習支援の様子(提供: Learnig for All)

一方で、ある日突然来なくなってしまった子もいたんです。拠点の責任者によると家庭環境がだいぶ複雑なようでした。そこで何もできなかった無力感を感じ、子どもの困難を把握してきちんと対応できる仕組みづくりをしたいと思うようになりました。

—中央省庁に入ったのはなぜですか?

現場の声を政治に届ける仕事がしたかったからです。中央省庁なら、大きな流れを把握しながら政策を立案する能力が鍛えられるのではないかと考えました。

現場の知見を政策に取り入れてもらうには、どんなデータが必要か

—公務員になって2年目ということですが、HatchEduに参加された動機を教えてください。

1年と少し働くなかで、机に向かって仕事しているだけでは、現場の声はなかなか把握できないな、とモヤモヤを感じていたんです。子どもや保護者がいま何を必要としているのか、自分がいま取り組んでいる仕事が現場にどんな影響を及ぼすのか。もっと自分で足を動かして見に行きたいと考えていました。

そんなときに、SNSを通じてHatchEduの2021年募集が始まること、LFAが受け入れ先となっていることを知りました。新しい環境に飛び込むことで新しい視点が見えてくる原体験を持っていたので、思いきって応募しました。自分の視野が狭まっている感覚に襲われていたので、さまざまなバックグラウンドを持った参加者の方と交流できる点も魅力にうつりました。

—LFAでは政策提言チームに入って活動されていましたね。

LFAはここ数年、「子どもの貧困」を根本的に解決するために政策提言を行っています。現場で見えてきたことを伝え、政策に反映してもらう取り組みですね。提案していることのひとつに学習支援拠点の普及があるのですが、政策に取り入れてもらうには、学習支援拠点の有効性を示す客観的な資料が必要です。今回のプロボノでは、政府がいま重要視していることを踏まえながら、何を指標にどんなデータを集めると良いかを考えました。

具体的には、「子どもの自己肯定感を上げること」は現場でも大事にされていたし、政府でも注目していることだったので、文科省や厚労省の調査を洗い出してどんな項目でアンケートを取っているかを調べ、LFAが自己肯定感をテーマにアンケート調査を行うときの項目を提案しました。

あくまで業務外に自分の仕事とは別で取り組んできたものですし、役所にももちろん守秘義務があるので公表されている情報以上のことを現場に伝えることはできません。それでも、「公務員として政策の大きな流れやトレンドを把握していることが、現場にとっては価値になるんだ」ということが、新たな発見になりました。

今回曾和さんが作成した資料

学校の先生と、会社員と、公務員と。立場の異なる人が集まる場はおもしろい

—本業は激務と聞きますが、どのように両立したのでしょうか?

激務とはいえ忙しさには波があり、ちょうど落ち着いているタイミングだったので調整できました。週に2回テレワークをさせてもらっていたので、浮いた通勤時間を作業時間に充てつつ、日曜日をプロボノの時間に使いました。毎週LFAの担当者とオンラインでミーティングをしてその週の成果を報告し、次の週に何をするかを相談しながら進めていきました。

ずっと問題意識を抱えていたことに注力できて、自分が役に立っているという感覚もあったので、期間中は夢中になって取り組みました。体力的にちょっと大変だった時期はありましたが、精神的にはまったく苦ではなく、楽しかったです。

—HatchEduのほかの参加者とは交流できましたか?

HatchEdu期間内にで行われたいくつかのワークショップやイベントで、そのような交流機会を得ることができました。特に、「キャリアセッション」(キャリア内省のワークショップ)ではほかの団体のプロボノ参加者の方と出会うことができ、自分にはない視点から質問やアドバイスをしてもらえたことで、行動する勇気をもらいました。

また、HatchEduのコミュニティの中で、現役の教員の方々とお話できたのもよかったです。生徒が議論しながら課題解決を目指す授業など、先進的な取り組みをしている教員の方にお話を聞くことができて、とても刺激を受けました。教員の方と、会社員の方と、私のような公務員と立場の違う人が集まる場は貴重ですし、おもしろいですね。

また、HatchEduの最終成果報告会には、私と同じ職場で働くHatchEduの2020年参加者の方もオンライン参加されていて、私の発表を聞いて連絡をくださったんです。その方と、その後もより深い話をできたことが嬉しかったです。

職場の外に出ることで、見えてくるものがある

—プログラム全体を通した感想と、今後の展望を教えてください。

現場で得た知見をもとにしたボトムアップの政策デザインと、国によるトップダウンの政策アプローチ。両方を理解しつなげることに私はやりがいを感じるんだな、と実感しました。そのためには調査分析や政策評価のスキルが不足していることも明確になったので、今後は「教育×統計」の分野を学んでいきたいと思っています。

また、今回調査した「子どもの自己肯定感」について、学校や教育委員会、保護者にその重要性が十分には認知されていないと感じています。学力が上がる工夫をすることも重要ですが、その手前の部分で子どもの自己肯定感を高めることが大事なのではないでしょうか。きっと、大人側の勝手な評価によって、潜在的な能力を出し切れていない子がいるはずです。自己肯定感は目に見えないものですが、指標に落とし込んで可視化し、その価値を広めていきたいと考えています。自分とは違う考え方や価値観を持っている人も説得できるようになりたいですね。

—若手公務員が役所を飛び出して、こうしたプログラムに取り組む意義をどう考えますか?

役所では2年ごとに部署異動があり、任される業務も多岐にわたるため、「自分の専門性は何だろう」「社会に還元できるスキルは育っているのだろうか」と悩む若手は多いと思います。私は今回プロボノをしたことで、“政府の動きをいち早くキャッチする力”や“資料を作成して人に説明する力”など、自分では当たり前だと思っていた能力が職場の外でも意外と役に立つことに気づき、仕事のモチベーションが上がりました。

また、職場の中からはわからなかった現場の感覚を知ることができ、日々の仕事でも「この政策は子どもや保護者の環境をこう変えるだろう」「いま作成しているこの資料が外に出たら、現場のNPOではこんな風に参照するはず」と想像しやすくなりました。本当に、一歩踏み出すだけで、見える景色は大きく変わるものですね。もし、同じような境遇でHatchEduへの参加を迷っている方がいたら、ぜひおすすめしたいです。

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構成・編集:飛田 恵美子