「国を超え、お互いに学び合うことで、より大きな変化を実現することができる」ーHatchEduでは、2020年7月、Teach For America(ティーチ・フォー・アメリカ)とTeach For All(ティーチ・フォー・オール)の創設者であるウェンディ・コップをゲストスピーカーとするオンラインセミナーを開催しました。モデレーターは、HatchEdu運営メンバーの小林りん(UWC ISAKジャパン代表理事)が務めました。
ウェンディが伝えてくれた、30年間にわたる教育起業家としての経験からの学びを3回に分けてお届けするレポート、今回は第3部となります。
第1部、 第2部の記事はこちら。
小林: 2007年、まだアメリカでもやるべきことがたくさんあった時期にもかかわらず、Teach For Allを設立して世界に活動を広めようと思ったきっかけは何だったのですか?
ウェンディ: 自分の国にはまだまだやるべきことがたくさんあります。私はアメリカの大きな問題に集中していましたし、Teach For Americaをより大きく、より良いものにしようとしており、このアプローチが他の国でも通用するかどうかは考えたこともありませんでした。
しかし、1年で13カ国の人から連絡があり、彼らは皆、自分の国でも同じようなことをすべきと決意していました。助けを求められたことをきっかけに、支援できる立場にはないと言うべきなのか、どうすればいいのかという選択を迫られました。そして、彼らの国を訪ねるよう、強く説得されました。
最初に訪ねたのはインドでした。そこで、私が米国で是正に取り組んでいた不平等は世界中に存在すること、また問題の根源には多くの共通点があり、解決策も共有できることに気づきました。そして、もし私達がグローバルなアプローチをとれば ー つまり、世界中の多様な文脈で働く素晴らしい人たちが集まり、異なるものの見方でお互いに刺激を与えうるプラットフォームを形成し、そこでお互いに学び合えるようにすれば、より大きな変化を実現できるのではないかということにも気づきました。
こうして、Teach For Allは、各国での独立した組織のネットワークとしてスタートしました。今では53ヵ国にパートナー組織があり(注:2020年7月時点; 2020年12月時点では59ヵ国)、すべての組織が共通の目的を持っていて、お互いに学び合っています。私たちは共通の目的、原則、価値観、ビジョンを共有していますが、各国の組織はそれぞれ地元の社会起業家が主導し、運営し、資金を調達しています。
参加者からの質問: Teach For All傘下のパートナー組織では、先住民族の価値観や知恵をどのように尊重することで、平等に寄与しているのでしょうか。
ウェンディ: まず第一に教師が、自分たちが働いているコミュニティや文脈、歴史を本当に理解することから始めることがとても重要だと思います。
先住民族の子どもたちや、さまざまな背景を持つ子どもたちと一緒に仕事をしているのであれば、何のために子どもたちを教育しているのかを明確にします。つまり、子どもたちを取り巻く現状がそのまま続くことが望ましいのか、それとも広い世界において不平等をなくすために立ち上がるリーダーとして成長できるように教育するべきなのか、ということを考えます。目的がはっきりしていれば、どのような成果に向かって努力すべきかを明確にすることができます。
コミュニティの歴史や文脈を深く理解し、地域における教育の目的を明確にすると同時に、私たち自身の目的もしっかりと確認します。そうすることで、Teach For Allが提供している、子どもたちを構造的不平等から自由にするための教育の意義や、事業を展開する地域でどう教えるかについても考えることができます。例えば、生徒がアイデンティティを築くためにも、自分たちの歴史や、世界に根強く存在する不平等の問題を理解することを促します。彼ら自身ができることは、他の人たちと協力してそれらを変えていくことです。
これは世界中の多くのTeach For Allネットワークの活動の核心をなす、非常に大きな問題だと思います。地域の文脈そのものが非常に多様である中で、私達の活動もそれぞれの国において多種多様ですが、それでもこのテーマは常に共通の課題としてネットワーク全体で常に問われていることです。
小林: ドバイのカンファレンスで初めてお会いしたときに、ティーチ・フォー・インディアの仲間と共に参加していましたね。Teach For Allがいかにプログラムをそれぞれの文化を尊重する形で、繊細にローカライズしているかが伝わってきました。各国がそれぞれの文化的背景に合わせてTeach For Allのモデルをローカライズしているとして、共有しているミッションやビジョン、目標とは何でしょうか?また、世界共通の手法などはあるのでしょうか?
ウェンディ: 一番の共通点は、問題の仮説、変化の仮説とビジョンを共有していることです。ネットワークパートナーと私たちは、同じ課題に取り組んでいます。事実、インドであれウガンダであれペルーであれ、子どもの出生時の状況によってその子の教育達成が予測できてしまうという状況は似ています。しかし状況改善のための答えは一つではありません。偉大な教師がより多くいれば解決するということでもなく、多くの構造改革が必要となります。
最終的に必要なのは、この問題を解決しようというコレクティブ・リーダーシップ(協働的なリーダーシップ)だと考えています。まずは教室においてリーダーシップを発揮できる人たち、そして、資源に乏しい環境で教えた経験からしかわからないことを理解している学校のリーダー、学校システムのリーダー、政策レベルのリーダー、セクターを横断して指導する人々が必要です。これは複雑な問題であり、ゴールにたどり着くためにはさまざまな変化が必要です。
そこで、どの国であっても私たちが一丸となって取り組んでいるのは、新世代のリーダーを育てることです。最も疎外された子どもたちの問題に取り組むために、コレクティブ・リーダーシップを育成しています。Teach For Allに参画する若者は、まず2年間の教師として働くことにコミットします。その2年間は彼らが教える子どもたちにとっても大切な2年となると同時に、教師となる若者自身の生涯にわたるリーダーシップの礎を築く期間にもなります。ある場合にはベテラン教師になり、ある場合には学校の指導者になる。あるいは政府で働くようになったり、社会起業家になったりします。そして、私たちが目指す社会全体の変化に向けて、たくさんの人々やコミュニティと協力しているのです。
Teach For Allのそれぞれの国では、採用・研修・支援を異なる方法で行っていますが、お互いから学び合っているため、多くの共通点もあります。他の国で、何がうまくいっていて何がうまくいかないのか知ることができるからこそ、自分たちの地域にとって意味のある意思決定ができるのです。私たちは、自分たちが地域に深く根ざしており、同時にグローバルな情報にも精通していると考えています。
参加者からの質問: 少し角度を変えて、Teach For Allが障害を持つ子どもたちにできることは何だと思いますか?何か特別なことをしているのでしょうか。
ウェンディ: 現状は国によって違いますが、学習障害やその他の障害を持つ子どもたちは世界中でもっとも阻害され、不利益を被っている子どもたちであると言えると思います。例えばTeach For Americaは、毎年、教師の10~20%を特別支援学級に配置していますが、そのポジションには、より多くのトレーニングと専門的な能力開発が求められます。低所得者層のコミュニティでは、この分野で十分な能力を持った教師が不足しているので、教師のトレーニングと支援に力を入れており、派遣された教師は大きな成果を残しています。
Teach For Allのインクルーシブ教育イニシアチブでは、フェローシッププログラムを実施しています。教師教育者、教師コーチ、ティーチングフェロー、その他の参加者が、国を越えて学び合うことができるようにしています。子どもたちの個別ニーズを満たすための、最新の研究成果や考え方を知ることができます。フェローは自国でプログラムやイニシアチブを立ち上げ、その活動を次のレベルへと高めていきます。これはオーク財団の資金提供によるもので、私たちの活動にとって非常に有意義なものとなっています。
小林: 日々、新しいニーズが生まれ、新たなカリキュラムを開発する必要があると思います。Teach For Allでの教師トレーニング開発チームの規模や体制を教えてください。
ウェンディ: ネットワークパートナーにはそれぞれ独自の教員研修開発チームがあり、実際には入職前のトレーニングだけでなく、何年にもわたって継続的なコーチングや能力開発を行う方法を考えています。世界中に研修開発スタッフのグループがあり、お互いから学び合うことを支援しています。最近では「グローバル・ラーニング・ラボ」を立ち上げました。世界中で最も意味ある変革を起こしている教師のマインドセットや教え方は何が違うのか、理解し生かすための取り組みです。私たちは、変革を起こしている教室を洞察し、得た知見をネットワークパートナーに情報提供しています。
小林: ここでも規模の大きさが質を高めるのに役立つのですね。規模が大きいからこそ、この大きな改善を続けることができる。
参加者からの質問: ブラック・ライブズ・マターはアメリカの教育にどんな影響を与えていると思われますか?また、アメリカをより良くするためにTeach For America (ティーチ・フォー・アメリカ)が果たすべき役割は何だと思いますか?
ウェンディ: Teach For Americaは、それぞれのネットワーク・パートナーと同様に、コレクティブ(協働的)なリーダーシップの育成に取り組んでいます。何ごとも「これさえやれば解決する」ということはなく、差別や格差の問題も教育だけでは解決できません。すべての子どもたちに教育とサポート、そして自らがもつ可能性を発揮する機会を確実に与えるためには、教育の中にも、教育の外にも、変化をもたらす必要があります。
有色人種の若者や非常に貧しい家庭に生まれた若者は、たとえ高校を卒業し、よい大学を卒業したとしても、人種差別が根強く残っているために、多くの障壁に直面しているという認識をこれまでも持ってきました。そこでTeach For Americaでは、教育領域で、そして教育以外の領域においても、人種差別の問題に取り組むアルムナイ(プログラム卒業生)を支援しています。実際、ブラック・ライブズ・マターの設立と活動に最も貢献した人たちの何人かはTeach For Americaの卒業生です。
ブラック・ライブズ・マターは、アフリカ系アメリカ人の子ども達の障壁を取り払う助けになっていると思います。さらに、アフリカ系アメリカ人の子どもたちに提供している教育を強化するだけでなく、白人を含む全ての子どもたちに対する教育を変えなくてはいけないという意識が米国においても高まってきています。すべての子どもたちが、国の歴史を理解し、今なお続く不平等を理解し、違いを尊重し、ヒューマニティを共有しつつ、アメリカの根深い問題に取り組むことを期待しています。この運動が人種を超えて支持を得ているのを見ると、励みになります。
小林: UWC ISAKにはロールモデルがいます。彼は私と一緒に7年間、共に歩んできた初代校長で、UWCの最初で唯一のアフリカ系アメリカ人の校長です。私はそのことを誇りに思っています。アフリカ系アメリカ人をはじめとする有色人種の校長を増やせば、自然と生徒が“オール・カラーズ・マター”だと思うことができるようになるかもしれないですね。
ウェンディ: そうですね。ですが、まだまだ多くの問題があります。例えば、アメリカでは正しい歴史を教える必要があります。取り組むべき問題は非常に多いのですが、たくさんの人が「なんとかしよう」としていることにはワクワク感を覚えます。
小林: Teach For Allのウェブサイトで、新型コロナウィルス(COVID-19)感染拡大局面における教育についてのウェンディの見解※を読みました。テクノロジーは不平等の解消に貢献しているかもしれませんし、逆行させているのかもしれません。数多くの現場を見た上での考えと、今後どのように変化を起こし、前に進もうとしているのかについて教えてください。
ウェンディ: Teach For Allのネットワークは、最も恵まれない生徒に手を差し伸べようとしています。継続的な学習を行うためのテクノロジー機器はおろか、安全な空間、食べもの、水を得ることすら難しい子どもたちもいます。最も疎外された子どもたちのことを非常に心配しています。
同時に、本当にやる気のある教師がいて、生徒と保護者との強い関係を築いていれば、学習の継続は可能だということもわかってきています。人里離れた地域でも子どもたちの学習を維持することは可能なのです。例えば、インターネットが低帯域幅の環境にあって、子どもたちがZoomにはアクセスできなくても、WhatsAppやMessengerなどのアプリが入った携帯電話にはアクセスすることができます。そこで教師たちは動画を送り、質問ができる環境を整えていますし、生徒たちは動画を何度でも見ることができますし、助けを求めることもできますし、自分で学習の進捗状況を管理することもできる。教師たちの取組みは本当に素晴らしく、かつてないレベルで生徒が自らの学習にオーナーシップを持ち、また学習の個別化も実現されています。教師たちは、もう過去のやり方には決して戻らないと言っています。
ただし、世界の少なくとも半分の子どもたちはまだ継続的な学習にアクセスできない環境にあります。最終的にすべての子どもたちが学習を継続できる環境にするためには、グローバル社会がすべきことがたくさんあります。子どもたちが低帯域幅でも利用可能なソリューションを利用できるようにするだけでも、大きな投資が必要になります。そして、教師に対しても大きな投資が必要になります。
こんなに頑張っている先生たちの姿をこれまで私は見たことがありません。私たちは、これまで以上に教師の採用と育成に多くのエネルギーとリソースを投入しなければならないと思っています。テクノロジーを強力なツールとして活用できるようにしなければなりません。
もうひとつ。子どもたちと学びをつなぐのはインターネットだけではありません。私たちのネットワークは世界中の行政と連携しています。どんな環境であっても、子どもたちが学び続けることができるよう、時にはラジオやテレビを使うこともあります。このように多様な状況において、多くの人が挑戦を続けています。
Teach For Allの現役教員や卒業生は、コロナ渦での休校期間中、クリエイティブな方法で遠隔授業を行った。インターネットの普及率の低い地域ではテレビやラジオも使用された。
小林: 日本も例外ではありません。2018年のOECDの報告書によると、日本は学校でのデジタルデバイスの活用や教員のITリテラシーがOECD諸国の中でも遅れています。日本の先行きはまだまだ長く、Teach For Allの教員を育てる仕組みから学ぶべきことがたくさんあると思います。私たちは今、非常に興味深い時代に生きています。教育者にとってより困難な時代になればなるほど、起業家が必要になるかもしれない。新しい風が吹いてくることを願っています。
ウェンディ: この環境下で、学校の90%以上は一定期間以上閉鎖されました。起業家的で革新的で献身的な教師や、地域社会のリーダーが必要です。最大の格差はテクノロジーへのアクセスにおける格差ではなく、学習に対して情熱をもっている、ダイナミックな教師にアクセスできるかどうかの差です。だからこそ今、私たちの活動の重要性は増していますし、各国の教育行政当局からも価値を認められているのです。
小林: 多くの質問が寄せられ、お答えできなかったものも多数ありますが、時間が来てしまいました。本日のセミナーの参加者は、半分が未来の教育者や教育起業家、あるいは現在の教育起業家です。もう半分は、ウェンディ自身、あるいは社会起業家に興味を持っている方々です。
私たち主催者であるHatchEduは5月にコミュニティを立ち上げ、現在約200人の方が参加していますが、引き続き参加者を募っています。それでは、ウェンディから最後の言葉を。
ウェンディ: 本日ご参加の全ての皆さんに。世界にはまだまだ課題がたくさんあります。新しく生まれる課題があり、さらに複雑化しています。教育システムは再構築される必要があるでしょう。次世代の生徒たちが、ますます複雑になる問題を解決し、不確実な世界で舵取りをすることができるリーダーとなっていけるよう育てる必要があります。
私たちがこうしたコミュニティで協働することには重要な意味があります。私達一人ひとりが共に考え、行動し、協働的なリーダーシップを発揮することを通じてのみ、世界に変化をもたらすことができるのです。日本にいる皆さんに、ポジティブなエネルギーをたくさん送りたいと思います。パイオニアである皆さんが、日本だけでなく世界にインパクトをもたらすことのできる新しいソリューションを開発し、私たちも学べることを期待しています。
皆さんのご健闘をお祈りしています。いつの日か、また日本で!
小林: ウェンディの言う通り、現場で変化を起こすことができる起業家や教育者がもっと必要だと思っています。私たち一人ひとりが何かをする、コレクティブ(協働的)・リーダーシップを発揮することが、世界を変えることになると思います。インスピレーションを与えてくださったことに感謝します。ウェンディ、お迎えできて光栄でした。ありがとうございました。
構成:江森 真矢子
編集、監訳:臼井 芽衣
今回HatchEdu主催のセミナーにゲストスピーカーとしてご協力してくださったウェンディ・コップさんに感謝申し上げます。
Teach For Allの日本でのパートナー組織であるTeach For Japanのフェロー応募にご興味がある方はこちらから。
HatchEduでは、今後も海外の教育起業家のイベントを行う予定です。ご関心のある方はこちらから:
ウェンディ・コップ Wendy Kopp
Teach For All CEO, Teach For America創設者
プリンストン大学卒業後、アメリカ国内の一流大学の卒業生を2年間、教育困難地域にある学校に赴任させるプログラムを立ち上げ、1990年から実施。Teach For Americaの取り組みは世界各国にて取り入れられ、2007年にはグローバル組織Teach For Allを設立。クリントン・センター・アワード、ジョン・F・ケネディ・ニューフロンティア・アワードを始め、多数の賞を受賞したほか、2008年『タイム』誌の選ぶ世界の重要人物100(「TIME 100」)、FastCompany.com による「45の社会的起業家たち」に複数回選出される。
著書
『いつか、すべての子どもたちに――「ティーチ・フォー・アメリカ」とそこで私が学んだこと』(英治出版)
『世界を変える教室――ティーチ・フォー・アメリカの革命』(英治出版)
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