シンガポールで育児をしながら日本の教育団体を支援。そこから見つかった自分の目標


「チームの一員として、新しいプログラムをつくる楽しさを実感しています。」

御林友希さん(前職:インターナショナル幼稚園 施設長/保育士)

今回は、「NPO法人 Silent Voice(以下、サイレントボイス)」でプロボノを経験した御林友希さんにお話を伺いました。

プロフィール
名前
:御林友希(みはやし ゆき)
職業・所属:夫の駐在帯同中。前職は、インターナショナル幼稚園の施設長/保育士
仕事のスタイル:おもしろきことなき世をおもしろく!
学校をつくるなら:インドネシアのGreen Schoolのような学校
先生をするなら:コミュニケーション学習。道徳学習の進化系プログラム、実践版をつくりたい

面接を経て、プロボノ支援コースに変更

ーまず、HatchEduに参加したきっかけを教えてください。

出産や子育てを機に保育業界に興味をもち、2年前に独学で保育士の免許を取得しました。そのときから、教育や保育の分野で日本に貢献できることはないかとずっと考えていたんですね。「いずれは教育事業を立ち上げたい」という思いもあったので、HatchEduは2020年のときからひそかにチェックしていました。そして今回、夫のシンガポール駐在が決まり、仕事をやめて時間ができたので、最初は教育プロジェクト立ち上げコースに申し込みました。

ーその後、教育プロボノコースに変更されたんですよね。

はい。申し込みのあとの選考面談で、事務局の方とお話させていただく機会を2回いただきました。すると、私がやりたいことはぼやっとしていて、まだ教育プロジェクト立ち上げコースの段階じゃないということが、話しているうちに自分でもわかったんです。

そもそも私自身、免許をとって保育園で働くまでは、広告会社やコンサルティング会社に勤めていたので、教育業界が長いわけではありませんでした。それならば、この機会に教育業界のいろいろな方とつながること、そして実際の現場に立って、違うニーズを体験することができたらいいのではないかと思うようになり、教育プロボノコースに変更させていただきました。

面談の機会は、本当にありがたかったですね。選考の段階で、自分がやりたいと思っていることを第三者に真摯に聞いてもらえる機会があるというのは、普通はないことではないでしょうか。正直、それだけでも申し込んでよかったと思いましたね。

ー選考に参加するだけで、得るものがあった?

そうですね。実はずっと、HatchEduは敷居が高いプログラムだと感じていました。特に、最初に検討していた教育プロジェクト立ち上げコースは、錚々たる方々がメンターをされていたこともあり、起業塾のようなイメージがありました。

でも実際には、教育プロボノコースという選択肢もあって、そこから入り「教育アントレプレナーをプロボノとして支援しつつ、自分自身がやりたい事業のビジョンを明確にしていく」というのもひとつの道だったんですね。実際に参加してみて、HatchEduにはどんなフェーズの人たちでも入れる間口の広さと学びの深さがあって、すばらしいと思いました。「いつか教育業界に関わってみたい」とか「ぼんやりと教育業界を知ってみたい」と思っている方でも参加できますし、すごくいい経験をさせてもらえる場なんじゃないかと今は思います。

ろう・難聴児向け教育プログラムの開発を手がける

ープロボノ先には、聴覚障害者が強みを生かせる社会の実現を目指す「サイレントボイス」を選ばれましたが、その理由は?

事務局の方からいくつか勧めていただいたプロジェクトのひとつでした。何かを始めるときは「自分がやりたいこと」と「経歴やスキルを生かすこと」のふたつの軸が必要だと思うんですね。それをもとに冷静に考え、最終的にサイレントボイスのプロジェクトを選び、応募しました。

ーどんなプロジェクトに参加されたのでしょうか。

私がもらったミッションは「デフアカデミー(ろう・難聴児を専門とした総合学習塾)」向けの教育プログラムの開発です。耳が聞こえない子どもたちにどのように成長してもらいたいのかという現場の思いや課題感、夢などを汲み取ってプログラムをつくっていきました。

オンラインでのプロジェクト支援となりましたが、サイレントボイスの担当者の方が現場のことをまめに共有してくださるので、常に近くにいるような感覚がありました。しかも開発したプログラムを現場で子どもたちに試してみてどうだったか、きちんとフィードバックもしてくださるんですね。そのおかげで、私個人としてもすごく学びが多かったです。

具体的な業務としては、週1回のミーティングとカリキュラム整備のほか、ワークシートの作成や広報のコピーライティングなど、やれることはなんでもやらせていただきました。

それは、私自身が立ち上げ期のベンチャー企業で働いていた期間が長く、「人手不足で前に進められない」状況を経験してきたからです。なので、「手が届いてない業務があったらなんでもします」というスタンスを最初にお伝えしていました。業務内容に縛られず「これ、できますか?」と聞いてもらえるのはありがたかったし、嬉しかったですね。

それでも、稼働時間はミーティングも含めて週6時間ほどだったと思います。子育ての合間をうまく利用できたので負担はなく、むしろとても充実していました。

ー同じプロジェクトに参加したプロボノメンバーの佐野さんとは、どういう役割分担をされましたか?

HatchEduの事務局がサイレントボイス側に、事前に佐野さんと私のキャリアを細やかに伝えてくれていたため、佐野さんは業務フロー整理などのプロジェクトの骨格づくり、私は教育プログラム開発のお手伝いと、スタート時点で役割分担は決まっていました。

業務内容がまったく違っていたので、普段のミーティングも別々でしたね。ただ、お互いの業務のキャッチアップと意見交換のために、月1回、同じミーティングに出る機会をリクエストさせていただきました。

シンガポールと日本の難聴児をつなぐ場をつくりたい

ー実際にやってみて、どのような学びがありましたか?

私は以前、「3ヶ月ほど現場に入り込み、チームの一員となって、一緒に汗をかきながら成果を出す」というスタイルのコンサルティング会社で働いていました。そのときに培ったスキルが今回のプロボノで生かされたなと思います。同時に、自分が現場に入り込んで同じ立場で考えたり、チームで新しいものをつくっていくやり方が好きだし、得意でもあるんだということに、あらためて気づくことができました。

実は、サイレントボイスの活動に関わらせていただいたことで、新たにやりたいこともできたんです。この活動で出会った、ある高校生が「いつか海外に行ってみたいという夢がある」と話していたんですね。でも「どうすればいいのかよくわからない」と悩んでいました。

私は今、シンガポールにいます。だったら、こちらの聾学校や難聴の子どもたちが通うアフタースクールとコンタクトを取り、シンガポールと日本の子どもたちをつなぐことで、少しでも海外を身近に感じ「行けるかも」と思ってもらえる機会がつくれないかなと考えているんです。

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子どもたちの感情面での成長を支援するプログラムを事業化したい

―プロボノを通じて、しっかりと前に進まれていますね。

私は以前からSEL(Social and Emotional Learningの略。社会性と感情の学習。他者への思いやりや気遣いなどの社会情動的スキルを身につけることを目的とした心理教育プログラムのこと)を学んでいるのですが、難聴の子は手話と表情でコミュニケーションをとるので、感情豊かな子ばかりなんですね。実際にサイレントボイスでも、感情を言葉にすることを大事にしていて「こういうときに自分はどう思うか」「それはなぜか」「じゃあどうすればいいのか」といったことを子どもたちに考えてもらい、自分と向き合う機会をつくられていました。なので、今回の経験をSELとつなげて教材として届けたり、学びの場をつくることができるのではないかと考えるようになりました。

ーご自身のかねてからの学びの内容と今回のプロボノの経験がつながったということですね。

本当にそうなんです。いつかSELの観点を取り入れたプログラムをつくりたいですね。Silent Voiceにもご協力いただいて、体験した子どもたちの表情や感覚をフィードバックしていただけたら、すごくいいプログラムができるんじゃないかなと。また、それを事業につなげられたら、とも思います。まだ漠然とした状態ではありますが、そういったことも考えながら今回のプロボノ支援のプロジェクトに取り組ませていただきました。

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御林さんが作成した教材に取り組む子どもたち

―御林さんはプロボノ終了後も支援を継続されています。「聴者」であり、課題の非当事者であるの御林さんが、ろう・難聴児の教育課題に関わり続けようと思われたのはなぜでしょうか?

正直、ろう・難聴児と全く関わりがなかった自分が期待にお応えできるかどうか、不安ではありました。ただ、最初に、サイレントボイスのウェブサイトの「コミュニケーションの壁とたたかう人へ」というメッセージに妙に惹かれたんです。それは、昔から私も「コミュニケーションの壁」のことが気になっていたからだと思います。

小学生の頃、クラスで一切話をしないマコちゃん(仮名)という子がいました。おうちではお母さんと普通に話していたので、いつか学校でも話してくれるんじゃないかと思い、たくさん話しかけているうちに、マコちゃんはときどき目を見てくれるようになり、質問したら頷いてくれるようになりました。少しでもコミュニケーションがとれることが、とても嬉しかったのを覚えています。

話さないマコちゃんと私の間には、コミュニケーションの壁がありました。でも私たちは最終的に、お互いをそっと覗くことができるドアみたいなものはつくれたんじゃないかなと思うんです。サイレントボイスに関わらせていただくことになって、この原体験を思い出しました。私は、こういうドアをつくれる人になりたいんだとわかったんです。

聴者とろう・難聴児との間にある壁にドアをつくれたら、コミュニケーションがちょっとずつでも変容して、お互いの世界がグッと広がり、楽しくなったり、優しくなれたりする。そんな世界を見てみたいというのが、今のモチベーションかもしれません。

プロボノならではの経験も「キャリア」につながる

ー御林さんの今後がとても楽しみです。最後に、プロボノとしての活動以外でもHatchEduに参加してよかったと思うことがあれば教えてください。

HatchEduには、教育関係者に限らず、教育とは関係ない大企業などにお勤めの方や起業を目指している方まで、多種多様な人が参加しています。みなさんそれぞれ、参加した動機や取り組む事業のフェーズは違うのですが、学び続け、それを楽しさに変え、次のステージへの糧にしようとする姿勢をもっているという共通点があります。そんなみなさんとの出会いは、今回参加してよかったと思う理由のひとつです。HatchEdu参加者を対象としたイベントなどでも、私だったら質問すらしないようなことがいろいろと話題になるので、それ自体が勉強になっています。

ーHatchEduアルムナイ(卒業生)組織の幹事もされていますね。

同じ「教育」というキーワードのもと、いろいろな方が集まっているのがHatchEduの特徴であり、すばらしいところだと思っています。卒業しても、フラットな関係で現場の課題を聞いたり、相談したり、夢を語り合ったり、応援し合ったり。そういう温かいネットワークをこの先も築いていけるというのは、私にとっても刺激になりますし、心強いです!

ーHatchEduを最大限に活用していただいているなと感じます。

私は「仕事」だけがキャリアだとは思っていません。今回みたいに、駐在に帯同して仕事を離れている時期だからこそ積むことのできるキャリアもあると思いますし、新たな出会いも今後のキャリアにつながります。プロボノは経験値を上げることができ、社会とつながっている感覚をもつことができるので、私にはすごく合っていました。私と同じような状況の方には、特に強くおすすめしたいなと思います。

※本文中のコース名はいずれも当時のものです。


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構成・編集:平川 友紀

同じプロジェクトチームに参加した佐野さんの2020年参加時の記事はこちら