教育起業家ウェンディ・コップとの対話(2):組織成長期のチャレンジ

「規模の拡大があったからこそ、質の向上も可能になった」ーHatchEduでは、2020年7月、Teach For America(ティーチ・フォー・アメリカ)とTeach For All(ティーチ・フォー・オール)の創設者であるウェンディ・コップをゲストスピーカーとするオンラインセミナーを開催しました。ウェンディが伝えてくれた、30年間にわたる教育起業家としての経験からの学びを3回に分けてお届けするレポート、今回は第2部となります。尚、このセミナーでは、小林りん(UWC ISAKジャパン代表理事)がモデレーターを務めました。

第1部の記事はこちら。

規模があるからこそ質が向上する

参加者からの質問: 多くの社会起業家は、規模と収益性を追求する際に、品質と情熱を維持することが難しいと感じています。規模と質のバランスをどうマネージしているのでしょうか?

ウェンディ: それは非常に難しい課題です。規模を拡大することと、設立当初の情熱を維持することの両立はとても困難なことで、私達も常に自問しています。Teach For Allのネットワークに属するパートナー(各国での事業運営組織)をサポートしながらいつも自問自答するのは、この大きな組織のどこにいても、組織のビジョンや価値観、目的に深く根ざした意思決定ができる状態をどうしたら保てるのかということです。そして、それを可能にする「ネットワークの力」について、この10年間のTeach For Allでの経験の中で多くのことを学んできました。規模が拡大する中で強い情熱を持ち続け、質の高い教育事業を展開するための一番良い方法は、ネットワークに属するメンバーがお互いに学び合うための投資をすることではないかと思うようになりました。

小林: これまでの30年間の歴史の中で、質の向上に対して規模の拡大を優先したことはありましたか?

ウェンディ: この問題は、Teach For Americaにとっても長年大きなジレンマでした。Teach For Americaでは、年率20~30%程度で規模を拡大した時期が15年間ほどありましたが、長期的に追求してきた規模の拡大こそが質の向上を可能にしたと私は信じています。一定の規模があったからこそ人材への投資を増やすことができ、その結果経験豊富な人材を惹きつけることができ、カリキュラム開発チームをつくることもできました。

ただ、ある時点までは正しい方向に向かっていましたが、どこかで組織能力を超えたスピードで拡大し始めたのだと思います。そこで問題にぶつかり、後退し、もちろん修正をしなければなりませんでした。どの組織でも、規模が大きくなって中央集権的になると、同じような課題にぶつかる可能性があります。ただ、時間が過ぎれば忘れてしまうものです。だからこそ、Teach For Allでは「各地域に根ざした運営をしつつ、経験や方法を共有し合う」という「ネットワーク・アプローチ」を取って、同じようなことを経験した他のパートナーから学べるようにしています。私自身、「ネットワーク・アプローチ」からは多くのことを学び、一国内でも応用できると考えています。今、多くのパートナーが同じような実験を始めています。

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ジム・コリンズからのアドバイス

小林: スケールが実際に質の向上に役立つという話は興味深いですね。組織能力を超えて規模が拡大しすぎているという瞬間にはどのように気づいたのですか?スタッフにアンケートを取ってわかったのでしょうか、それともただ感じたのでしょうか?そのときのことをぜひ教えて下さい。

ウェンディ: 本当に、大変でした。たくさんの問題が起こりました。特に、採用には苦労しました。よい人材をたくさん採用して、自治体に「こういう人材を教員としてもっと、もっと雇いたい」と言ってもらえるようになるまでのところにはなかなかたどり着くことができませんでした。しかしある日突然、派遣している学区から「もっともっと多くの人を雇いたい」という声が上がるようになりました。「ニューオーリンズに500人の先生が欲しい」「フィラデルフィアに200人」「私たちのところは…」と急に声がかかるようになって、急速に拡大したんです。自治体に「わかりました、でも、私達は年率10-15%でしか規模拡大しませんので」と伝えて期待値をコントロールできたら賢明だったのでしょうけど、とにかく急速に拡大しました。

その後、『ビジョナリー・カンパニー』の著者であるジム・コリンズと知り合いました。彼には「こんなのではうまくいくわけがない。こんなペースで規模成長して 品質を維持できている組織は見たことがない」と強く言われました。彼があまりに熱心にそう話すので、私はその後の飛行機に乗り遅れたほどです(笑)。「変わらなければならない」、そう強く思いました。彼の研究において重要な発見のひとつが、「成功している企業は着実に、毎年同じ伸び率で成長している」ということです。そう言われてやっと、今までの成長軌道には問題があったかもしれないと気づきました。彼の言う通り、私たちは少し制御不能に陥っていました。

今、Teach For Americaには新しいリーダーがいます。彼はTeach For Americaが活動しているコミュニティの一つで育ち、Teach For Americaを通して教え、組織の発展に貢献してきた人です。彼は今、最高経営責任者(CEO)として素晴らしい仕事をしています。ですので今はうまくいっています。

小林: もしまた最初から始めるとしたら、どのようなペースで規模拡大していきますか。

ウェンディ: それは難しい質問ですね。結果的にインパクトが出たのだから同じようにするかもしれないですし、逆に違う選択をするかもしれませんね。ただ、、大きな影響を与えうるだけの人数の素晴らしい教師とリーダーが揃っていることは、私達のコミュニティの大きな強みでもあります。過去について後から振り返ってあれこれ言うのはやめておきますが、いずれにせよ、社会起業家として(規模と質の)バランスを取るのは大変なことです。

寄附金だけに依存しない収益基盤の構築 

参加者からの質問: ビジネスモデルと収益構造についてお聞きします。Teach For Americaでは、政府からの収入など、寄附金以外の収入も多いとのことですが、自立した持続可能なモデルを構築するために何をされたのでしょうか?

ウェンディ: 最初の10年間、資金調達には本当に苦労しましたが、全米のさまざまな地域において、私達が派遣しているような教師への需要が非常に大きいことに気づきました。Teach For Americaが派遣した教師の多くは2年間の期限を終えても仕事を辞めず、教壇に立ち続けています。しかし、需要があっても供給が追いつかないことも見えていました。突然、多くのコミュニティから「もっと多くの人を」という声があがった時、制約となったのは資金調達でした。それまでは自分たちだけで教師派遣のための資金を調達していたのです。

そこで私たちは教師を必要とする地域のコミュニティに「私たちには資金がありませんが、もしあなた方が資金を調達してくれれば、私たちはあなた方のコミュニティで事業展開をすることが可能になります」と言うことにしました。つまり、私達はアプローチを180度転換したのです ー 私たちが全国から資金を探すというアプローチから、「あなた方が資金を調達してくれれば、教師を派遣できますよ」と伝えるというアプローチに。資金に大きく依存はしていますが、私たちが集めるのではなく、地域が集めるのです。例えば70%がフィランソロフィー、30%が連邦政府、州政府、学区や市からの資金提供であったり、地域によって割合は違います。地域の要望があったので、そのような構造をつくることができました。

最終的には、Teach For Americaの年間300万ドルの予算のうち、85~90%は地域コミュニティからの資金へと構造転換しました。慈善資金の割合や政府の支援のレベルなどは、国によって少しずつ違いますが、Teach For Allネットワークの多くの組織が、資金調達の面では似たようなアプローチをとっています。

参加者からの質問: フィランソロピーについて質問します。日本にはフィランソロピーの文化があまりないことで知られていますが、Teach For Allは、日本のように寄附文化があまり強くない国ではどのように慈善活動を行ってきたのでしょうか?

ウェンディ: 日本でも、Teach For Japan (ティーチ・フォー・ジャパン)の活動に投資してくれた素晴らしい企業、個人、財団のおかげで、今日まで活動が続いています。伝統的に政府の支援がある国もありますが、アメリカはそうではありません。国によって資金調達の基盤は違いますが、ほとんどのパートナー組織は、それぞれの道を見つけることができています。

今年もTeach For Allに新しいパートナー組織が加わります。ちょうどティーチ・フォー・シエラレオネが設立されたところで、数週間以内には、他のアフリカ諸国からも参加する予定です(注:2020年7月30日時点)。私達のネットワークに属する50以上のパートナー組織が、困難な時代にもかかわらず成功しています。慈善家や企業、政府が、この活動に投資することが本当に重要だと判断してくれたおかげです。

Teach For Allの活動が寄附に依存していない国もあります。オーストラリア、マレーシア、イギリスなど、予算のうちかなり多くの割合を政府からの資金提供でまかなっている国もあります。全体としては、官民にわたる多様な資金源の基盤を築くため努力しています。

1. TFJから

Teach For Allの日本におけるパートナー組織であるTeach For Japanメンバーも、ネットワークの一員として毎年グローバル・カンフェレンスに参加。
Teach For Japanのプログラムにご興味がある方はこちら

構成:江森 真矢子
編集、監訳:臼井 芽衣

第3部に続く。

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ウェンディ・コップ プロフィール

ウェンディ・コップ Wendy Kopp
Teach For All CEO, Teach For America創設者

プリンストン大学卒業後、アメリカ国内の一流大学の卒業生を2年間、教育困難地域にある学校に赴任させるプログラムを立ち上げ、1990年から実施。Teach For Americaの取り組みは世界各国にて取り入れられ、2007年にはグローバル組織Teach For Allを設立。クリントン・センター・アワード、ジョン・F・ケネディ・ニューフロンティア・アワードを始め、多数の賞を受賞したほか、2008年『タイム』誌の選ぶ世界の重要人物100(「TIME 100」)、FastCompany.com による「45の社会的起業家たち」に複数回選出される。

著書
『いつか、すべての子どもたちに――「ティーチ・フォー・アメリカ」とそこで私が学んだこと』(英治出版)
『世界を変える教室――ティーチ・フォー・アメリカの革命』(英治出版)