HatchEduでは、公立学校で質が高い教育がインクルーシブな環境で提供されることが非常に重要であると考えており、現在はつくば市とよりよい公立学校システムをめざした協働プロジェクトを行っています。
そのつくば市のプロジェクトで外部アドバイザーとして活躍してくださっているのが加賀市教育委員会で地域プロジェクトマネージャーとして教育長の補佐的な役割を務める小林湧さんです。
若干30歳で、民間企業と公立小学校教員を経て現職。加賀市の「学校教育ビジョン」を教育長と共に描くと同時に、学校現場の先生方が新たな教育の姿に向けて「一歩を踏み出す」ための伴走支援も行っています。HatchEduスタッフにとっても、「象の目」と「蟻の目」をもちあわせて助言をしてくださる湧さんはとても頼もしい存在です。
この記事では、加賀市の公立学校で起きている変化や、湧さんの教育領域でのユニークなキャリアの軌跡をたどりつつ、教員時代の子どもたちとの出会いから湧さん自身の教育観がどのようにアップデートされてきたかについてもご紹介します。
◉小林 湧(こばやし・ ゆう)
加賀市教育委員会地域プロジェクトマネージャー(教育長補佐)
2015年関西学院大学卒業。(株)ベネッセコーポレーションで高校コンサルティング営業従事後、2017年から2022年まで埼玉県戸田市の小学校に教員として勤務(2017年〜2019年はTeach For Japanフェローとして赴任)。2022年4月より現職。2022年秋より、HatchEduのつくば市教育局学び推進課との協働プロジェクトにメンターとして参画。
子どもの頃の夢:小さい頃は国境なき医師団、中高生の頃は政治家
先生におすすめしたい本:『世界一やさしい問題解決の授業』。小学校教員時代は教室に置いていました。
仕事のスタイル:子どもとも管理職とも、フラットな関係性を築くこと
趣味:温泉
学校をつくるなら:幼小中高一貫で、子どもも先生も得意を活かして自分らしく成長していける学校をつくりたい
—小林さんが今のお仕事につかれたきっかけについて教えてください。
新卒でベネッセ・コーポレーションに入社し、埼玉県戸田市の小学校で教員を経験した後、2022年4月より加賀市教育委員会で仕事をしています。
ベネッセで高校生の進路に関わる業務を担当する中で、「どうせ自分はできないから」と将来を諦めている高校生たちを何人も見てきたんです。「できないってどういうこと?」と聞くと、返ってきたのは「授業中に何を言っているのかわからない」「テストで点が取れない」という言葉でした。本当はどこかに才能が隠れているかもしれないのに、授業やテストによって「自分はできない人間だ」と思ってしまっているんですね。
高校生になる前の義務教育段階で、基礎学力や自尊感情、自己効力感をどう育んでいけるのだろうということが気になり、学校現場に身をおいてみようと思いまして、Teach For Japanのフェローシップ・プログラムを通して埼玉県戸田市の小学校に赴任し、1年目は5年生を担任しました。
そして、戸田市での教員経験を通じて基礎自治体の意志決定の影響力を実感していたところ、加賀市教育委員会で総務省の地域プロジェクトマネージャー制度を活用した公募があったので応募しました。
—加賀市といえば、新しい教育ビジョンが話題になっていますね。
「Be the Player ー 自分で考え 動く 生み出す そして社会を変える」というスローガンのもと、「学びを変える」「誰一人取り残さない」「未来は自分で創る」「地域と一緒に」という軸をおいています。
加賀市では「ウェルビーイング」を大事にしていて、子どもの幸せはもちろんのこと、先生や保護者、地域の方も含めて「みんながよりよく生きられるような状態」とはどういう状態なのかについて、真剣に考えてきました。その中で、「自分で考え、動く、生み出す」という能動性が地域全体のウェルビーイングの基盤になるのではないかと。
たとえば、「力がある」と言われている先生が「面白い」といわれる授業をしているときでも、子どもたちが「先生は次どんな面白いことやってくれるんだろうか」「先生がどうやって分かりやすく教えてくれるんだろうか」という待ちの姿勢になってしまうことがあります。それは大人も同じで。「お客さん側」ではなく、「プレイする側」になった方がきっと楽しいよっていうのを子どもたちにも、先生たちにも伝えていきたいと願い、「Be the Player」、プレイヤーであろうというようなスローガンを立てました。
こういったスローガンやその土台となる市としての学校教育ビジョンづくりから関わることができたのは貴重な経験でした。
—現在は具体的にどのような役割を担われていますか?
私は主に「地域のウェルビーイングを実行する学校づくり」というプロジェクトで、教育長のビジョンを学校現場に落とし込んで実現する役割を担っています。
一斉型授業から子どもが主体的に学ぶ授業へと変えていくにあたり、現場のニーズに合わせながら学校研修を行ったり、授業案を一緒に作ったり、模擬授業や振り返りをしたりして、先生たちの伴走をするのがメインの仕事です。一言で言うと、教育委員会と学校現場とをつなぐ橋渡しですね。先生がめざす学びや子どもの実態にあわせ、自由進度学習を取り入れたり、子ども同士の学びあいの時間を増やしたり、さまざまな形で「子どもに委ねる学び」を取り入れるというチャレンジに伴走しています。
また、「誰ひとり取り残さない」ための不登校生徒・児童を対象としたプロジェクト、教室空間デザイン、教員研修を含む「先生の学び」の設計、外部連携なども担当しています。
—学校伴走では、加賀市内すべての学校に入っているのですか?
最初は「伴走してほしい学校はありますか」と募集をかけ、手が挙がった5校から始めました。そこから徐々に広がっていって、現在は市内の小学校・中学校合わせて全23校で伴走を実施することができました。
—学校側から積極的に手が挙がるというのはすごいですね。
学校の希望を募る前に、校長研修や教育研修を行い、管理職には「国の教育方針が変わっていくから、対応しなければいけない」という認識を持っていただくところからスタートしました。
また、現場の先生たちは、「子どもたちは言われたことをやるのは得意だけど、自分から主体的に取り組むのが苦手」という課題意識を感じていたそうです。「子ども主体の学びを取り入れたいけど、どうしたらいいかわからない」という先生たちが手を挙げてくださいました。
—いま、全国の学校が「子どもの主体的な学び」をめざしていますが、実際に取り組もうとすると難しいという話を聞きます。先生たちの間に戸惑いはありませんでしたか?
ほとんどの先生は、「子どもが主体的に学べるといいよね」という感覚を持っています。ただ、「これまでのやり方を全部変えなければいけないのか」という不安や、「変えたことで苦しくなる子がいるんじゃないか」という心配も同時に抱えています。だから、最初の一歩がなかなか踏み出せないし、踏み出した後も「これでいいんだろうか」と自信を持てずにいるんですね。
僕はそこに対して、「いいじゃないですか、やってみましょう」と背中を押して、取り組んだ後は一緒にその成果や反省点を振り返り、改善してまた実践につなげることを意識して関わりました。「子どもの学びを本人にゆだねて一人ひとりが学べるような環境づくりをしましょう」と言っている以上、先生自身の学びもそのようにあるべきだと信じているので。
先生たちは子どもが良くなっていくことにはすぐ気づくので、最初の一歩さえ踏み出してしまえば、自走できるようになるまでは早いなという感触を抱いています。学校や先生の最初の一歩に伴走することが、教育委員会の大事な役割なのかもしれません。
—「最初の一歩」はどう踏み出すと良いのでしょう?
先生のキャラクターやクラス、子どもたちの状況にもよるので、「こうするといい」という正解はありません。最初から全部子どもたちに委ねなくてもいいし、先生の強みや大事にしていることは残したほうがいいと思います。その上で、授業を組み立てるときに「どこを子どもたちに委ねられるだろう?」と考えてみることをおすすめしたいですね。
たとえば、「算数の最後の練習問題だけ子どもたちでやってみる」ことからスタートしたっていいんです。その授業を振り返って、「今日は公式の説明は自分がしたけど、子どもたちに委ねたらどうだっただろう」と想像してみる。そうやってちょっとずつ慣れていったらいいのではないでしょうか。「ちょっと違ったな」と思ったらやり方を変えてまた試せばいいだけですから。
—学校が「子ども主体の学び」を取り入れようとすると、保護者から「それよりも受験に合格する力をつけてほしい」という声が上がるという話も聞きます。
保護者のみなさんは自分が受験生だった頃と同じイメージを抱いていることが多いので、保護者向け講演会などで、いまは求められている力が変わっていて入試や全国学力調査の問題も変化していること、静かに板書して勉強しているだけでは対応できないことをお話しました。それだけで納得してもらえることも多いですね。ただし、「子ども主体の学び」は受験のためにするわけではありません。授業参観や懇親など普段の機会を通して、「子ども主体の学び」に取り組む意義をお伝えすることが大事だと思います。
加賀市教育委員会全体としても、保護者の方をはじめ、地域の方に加賀市の教育ビジョンと背後にある考え方を知っていただくための広報にも力を入れています。
—加賀市で一年取り組んでみて、どのような変化を感じていますか?
先生たちから「一斉授業のときはぼうっとしていた子たちが、自分のペースで授業をやりきれるようになって嬉しい」という声を聞き、僕も嬉しくなりました。また、定年退職後に再任用された先生が「私もやってみたい」と言ってくださって、一緒に授業をつくったんです。そうしたら、「何年もずっと同じ単元を教えてきたけど、今年が一番手応えがあった、子どもたちがちゃんと理解していた」って。ベテランの先生が長年のやり方を柔軟に変えて、その上で手応えを感じてくださったのはすごいなと思いました。
▶︎▶︎【後編】記事へ続く
構成・編集:飛田 恵美子
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